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中陰には仏壇を閉めておくの?仏壇や位牌の置き方仏壇の向きはどこがいいの?死は穢れなの?
お正月のお餅つきはできるの?納骨のとき骨壺を割るの?

■七七日(中陰)のまつり方

      ◆満中陰までの基本的なまつり方です。

      

  ・祀り机の後ろに、弘法大師の掛け軸をかけて下さい。
  ・本位牌があれば白木位牌と共に二つ並べて下さい。
  ・笠餅は最近ではほとんど饅頭屋さんなどに依頼しているようです。
    (弘法大師の修行姿に切り分けてもらう必要はありません)
  ・先祖膳は煮炊きしたものです。
     <例>ご飯、汁物、煮物、漬け物、酢の物など
  ・大師膳(本尊膳)は生野菜、干物などです。
     <例>人参、大根、高野豆腐、なすび、干し椎茸など
  ・お供物は、おまんじゅう、果物など適当にお供え下さい。
  ・焼香炉があれば用意して下さい。(なければ構いません)
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■笠餅について「田舎坊主のぶつぶつ説法」(田舎坊主著・文芸社刊)より抜粋)

 『笠餅とは、満中陰のときだけ四九個の小餅と鏡餅一枚を作り、お供えするのだ。四九個は人間の骨の数(又は四九日間、1日一個とも)、鏡餅は骨を覆う皮と肉と言い伝えられ、亡きがら全てを埋葬する土葬習慣のあったところでは、分骨や忌み分けの意味を持っているのだ。そして、この笠餅のなかの鏡餅を、杖をもち笠をかぶった弘法大師の修行 姿に切り分け、その体の部分を持ち帰って食べると、その箇所の病が治る  のだと、どこかの誰かが意味付けをしたのだろう。足が悪い人は足を、手が 悪い人は手をもって帰るということになるのだが、現世利益とはいいながら、 まことに信じがたい話である。
  当家の主人は
 「餅屋が、坊さんに切ってもらわないとだめだ」
 と言っていたと私に切らせようとするのだが、私は今まで切ったことがない。
 というより、きわめてお粗末な迷信には組みしたくないのだ。
 私は、
 「足の悪い人ばかりお参りに来たら、どうする?
  お大師さんの足は二本だけやがな。
  適当に切って、足や手と思ってもって帰ればいいやないか。
  それが観念するということや。
  なんでも人間観念したら腹がすわるって言うでぇ」
 と、丁重にお断りするが、それでも
 「院家さんは、よう切らんのちがうか。
  よう切らんのやったら、餅屋がくれた、切り方コピーした紙、
  見せたってもええで」
 と、減らず口をたたく檀家もある。
  昔は、「餅屋は餅屋」と、その仕上げの立派さを褒めて言ったものだが、こ んなものをコピーするようでは、「餅屋も餅屋だ」と言いたくなる。』
       (住職著「田舎坊主のぶつぶつ説法」より)
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■「四十九日が三月に渡ってはいけない」と言われる三つの理由
 ・第1の理由

  「始終苦が身に付く」(四十九日が三に月)という単なる語呂合わせ。

 ・第2の理由

  昔からの商い習慣として「盆節季払い」と言うのがあり、買い物代金は年に二回だけ支払えばよかった   が、葬式費用に限っては三ヶ月を超えずに支払っていた。このことから「満中陰」までもが三ヶ月を超え  てはいけないとなったと思われます。(現在でも葬式費用は即日で支払いをすませている)

 ・第3の理由

   三ヶ月は一年の四分の一という長期に思われ、この間に神参り(宮参り神前結婚、神社祭礼等)が    あれば参ることができないため、(本来は参っても差し支えないのだが)三ヶ月以内に仕上げを済ませ   なければとなった。

 いずれにせよ、納得できる理由ではありません。

 四十九日が三ヶ月に渡っていけないなら、月末に死なないようにする必要が あります。
 大切なことは、中陰の間は亡くなった肉親の「生前の気配」というものがあり ます。
 その「気配」の中から「命の大切さ」「命に限りがある」「生き方の伝わり」「今 あることの幸せ」などを学び、「居るようで居ない」亡き人を丁寧に兜卒天に  送り届ける「重要な時間」が中陰なのです。
 二ヶ月か三ヶ月かは、それほど重要な問題ではないのです。

■中陰の間、仏壇を閉めるの?
全く仏壇を閉じる理由が分かりません。
多分、中陰の間、神棚に白紙を貼り神祭りをしないということが、仏壇にまで及んでいるのかも知れません。
仏事で葬式を済ませたのに、当家の仏壇のご本尊を拝めないというのは、故人にとって一番不安なことではないのでしょうか。

この期間は、仏壇の方も特にお祀りを丁寧にすべきときだと思います。

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■葬儀の際の「きよめの塩」について

 「死」は穢(けが)れなのでしょうか?
 葬儀の際の「きよめの塩」は実際に使われているのでしょうか?
 このことに疑問を持つ私は、二刊目の著書で次のような内容を書いた。
    (「田舎坊主の愛別離苦」文芸社刊2009年初版)

 「私はここ数年、葬儀の際の「お浄(きよ)めの塩」(又は「お清め」)について話をする機会が多くなってきた。この「お浄(きよ)めの塩」の廃止は仏教界においてもその取り組みが功を奏し、会葬の礼状には小さな塩の袋がなくなっていて、この運動が少しずつ広がっていることを実感されるようになってきている。
 数年前まで埋葬の風習があった私の田舎では、葬列に参加したものはは穢れるとして野辺の送りが終わり、自宅に帰ってくると入り口の地面にまかれた塩を踏んで家に入ったものだ。あるところでは直接衣服に塩をふりかけたりもした。
 穢れたのは人間だけではなく葬送に使った道具も、故人が着ていた服や寝ていた布団も「浄(きよ)め」の対象である。
これらは「死」にかかわることの全てが「穢(けが)れ」であるとした考えから来たものであるが、しかし果たしてそうだろうか。
 愛しい家族が死んだ瞬間から故人やその家族、故人が触れたもの全てが穢れた存在となってしまうのだろうか。
 二〇〇九年二月、米アカデミー賞外国語映画部門賞を受賞した映画「おくりびと」の一場面にも、納棺師の彼を妻が「汚らわしい」と避けるシーンがあるが、やがてその仕事が尊いことと理解するうち「汚らわしい」と言う感情は消えていく。同じようにだれもが「死」そのものが多くを学ばせてくれる崇高な瞬間だと理解できれば「穢れ」の感情は生まれてこないはずだ。
              *
 私の同級生から「親父が死んだので葬儀を頼む」と電話が入った。いわゆる「出檀家(でだんか)」といって、四十年前にこの田舎を離れ他の町で暮らす檀家さんで、その家にとっては初めての葬儀である。
 出棺を済ませ火葬場に着くやいなや、故人の孫に当たる娘さんたち二人が急に泣き出し、それぞれの旦那さんと思われる男性に肩を抱かれ介抱されている。
 そしていよいよ喪主の同級生が火葬のスイッチを押す段になった時、その二人は「お父さん、スイッチ押したらあかん」「おじいちゃん焼いたらあかん、押さんといて」と必死に泣きわめくのである。しかもそのうちの一人は過呼吸のため息ができなくなるほどの泣きようなのだ。
 だいたいこの田舎では「爺々婆々(じじばば)の葬式は孫の正月」と言われたほど、孫は陽気で明るく葬儀にはしゃいだものだ。
 ところが、すでに二十歳を過ぎ所帯を持った孫が、
「おじいちゃんを焼いたらあかん」と泣き、父親に
「火葬のスイッチを押したらあかん」という。
 永く葬儀の導師を勤めてきた私にとっても初めての経験だった。
 さぞかし、好々爺(こうこうや)だったに違いない。本当にいいおじいちゃんだったのだろうことは容易に察することができた。
 翻って、私が焼かれるとき孫たちは泣いてくれるのだろうか、それともはしゃいでいるのだろうかと考え込んでしまったが、それはともかく、この孫たちにとって、かけがえのない存在だったおじいちゃんの葬儀に参列しただけで穢(けが)れたと思われることは決して本意ではないと思うのだ。もちろんその孫たちに穢れの感情は全く存在しない。
 ましてや息を引き取った瞬間から愛しい家族の遺体が穢されぬよう枕元には悪魔降伏(あくまごうふく)を願い不動明王を掛け、遺体にも悪魔を払う手刀を置き、毒で穢されぬよう樒(しきみ)のひと枝を差して二重三重の防御を施し、さらには葬儀まで夜を通して見守っていたのに、である。
              *
 愛しい人との別れは「愛別離苦(あいべつりく)」という苦しみであると同時に「死」ほど多くのことを教えてくれる瞬間はない。
 それは決して穢れではなく、その人の大切さを再確認し、その生き方を学び、命のはかなさを知り、遺されたものが人生の歩み方をあらためて考え、一瞬一瞬に大切な生き方を実践する決意のときでもある。
「田舎坊主の愛別離苦」【はじめに】より」

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■浄・不浄観はインド伝来(けがれ意識の文化)

  [インドの浄・不浄観]
    ・浄  ・・・・・菜食・司祭(僧侶)
    ・不 浄 ・・・死、血、清掃、毛剃、洗濯、助産
    ・浄・不浄のランク・・豚は汚いものを食べるのでマトンやチキンより不浄
             ・・・・海の魚より川の魚の方が浄
             ・・・・煮たものより油料理の方が浄
             ・・・・右手より左手が不浄・・・「サリー」「袈裟」
   ◎食事について
    ・異カースト間でもできる飲食関係・・・・・「パッカー」※野菜の油料理
    ・異カースト間ではふさわしくない飲食関係・・・・・「カッチャー」
       ※生もの料理
    ・料理人はバラモン階級が多い
       ※上位者がつくったものは誰でも食べられる
       ※最下層は使い捨ての食器・・・・・バナナの葉
  [インドの身分制度]
   (1)カースト制度(インド古来の身分制度・・・・・「ヴァルナ」)
    @バラモン(僧・司祭)
    Aクシャトリア(武人) 再生族
    Bヴャイシャ(庶民)
    Cシュードラ(上位層への奉仕者) 一生族
    Dチャンダーラ(不可触民)
  (2)現実的な身分制度
    「ジャーティー」
     地域社会の中で特定の職業を伝統的に持つとされる内婚集団で、階層的な秩序や
    相互の間の儀礼的社会経済的な諸関係もその地域内で確定されている。
 ◎出生により職業が分化され、同カースト同志の婚姻だけが許されている。
 ◎「不浄なもの(死・排泄・土・鉄など)」に触れなくても済むように、これにかかわる仕事の人たちを特化・固定化した職業。

 [日本の宗教への影響]
  (1)神道への影響
    ・忌服(死を不浄とする)
    ・生理の禁忌(血を不浄とする)
  (2)仏教、修験道への影響
    ・女人禁制・

■けがれ意識の文化から発生した慣習は見直そう
    ・生理であっても鳥居をくぐりなはれ!
    ・葬儀を出した家の人でも神社へ参りなはれ!
    ・死人を出した家はけがれているのではない(塩で浄める必要はない)
    ・葬儀から帰った人を「塩で浄める」必要はない!

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■位牌の置き場所について

仏壇が一般化したのは、江戸時代末期以降であります。
それまで家庭で先祖を祀るという風習はなかったのです。
死んで本尊さまを拝むことができなくなったご先祖の代わり、
寺に参って本尊さまの前で経を上げ、供養したのです。
やがてわざわざ遠いお寺に参らずとも、自宅にお寺の内陣を模した入れ物(仏壇)を造り、本尊をお迎えし、亡くなった先祖の代わりにお経を上げて供養する習慣が広まりました。
 これが各家庭に仏壇を置くようになった歴史的経緯であります。
 言い換えれば、仏壇というのはあくまで本尊(真言宗であれば大日如来)を祀るためのものであって、我が家の故人となった先祖をお祀りする場所ではないのです。
 現在でも、相当立派な「ん百万円」の仏壇を買っても、いろいろな飾りものを整えると、事実、位牌を置く場所がないことに気づきます。
 仏壇屋さんにしても本来の意味を知っていながら、位牌を置く場所はないと言ってしまえば買ってもらえないし、苦し紛れに「位牌を置くときは、インギャはんに聞いてよ」とうまくかわされるのであります。
 あえて仏壇に位牌を納めた上で、位牌の置き場所を言うならば、位牌が本尊さまの方を向くように、言い換えれば位牌を後ろ向きに置くことが本来の意味に叶うことになるのでしょう。
 法事でお経を上げるのも、本来は同じことで、亡くなったご先祖の代わりに縁者が合い寄って本尊さまを拝むのであります。
 だから位牌は本尊さまの方を向くのであり(位牌はなくても、一番末席に故人が座っているかも知れません)、当然、本尊さまの掛け軸か仏像が正面にお祀りされているのが正しいすがたと言えます。

■仏壇の中の位牌の位置は?

・本来仏壇は、わざわざお寺の本堂まで行って本尊さまを拝まなくてもいいよ うに家の中に本尊をお祀りしたもの。
・もともと位牌を入れるものではなかった。
・亡くなって本尊を拝めなくなったご先祖さまを本尊の近くに置いているだけ。
・位牌の位置はあまり気にしなくてよいでしょう。
・むしろ、ご命日が来れば正面に出してあげるのが適当ではないでしょうか。

■墓や仏壇の向きはどこがよい?
・お釈迦さまが亡くなられたときの姿は、北を枕に西を向いていました。
 お釈迦さまにあわせるのなら南か西ということになりましょう。
・しかしあまり気にしなくてもいいです。

亡くなったときに棺に入れる、網代の「傘」には次のように書かれています。

     本来無東西  迷故三界城 何処有南北 悟故十方空

要約すれば、「西も東も北も南もなく、悟れば十方は空」だというのです。
生きてる間には、全てのものごとに縛られているのです。そんなことにこだわりをなくすことが大切だというのです。

 向きの良し悪しより、お祀りしやすい場所で心込めて仏まつりご先祖まつり をするのが一番ではないでしょうか。 

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■骨壺は割ってから納骨するものなの?

 火葬が増えるとともに納骨という儀式も増えてきました。
 2500年前、お釈迦さまはインド北部クシナガラで生涯を終え荼毘に付されました。火葬にされたお骨は世界七カ国に分骨され、それぞれガラス製の骨壺に納められました。
 そしてそれをお祀りする場所として仏舎利塔が建てられ、これがストゥーパとよばれ、現在の卒塔婆(ストゥーパがなまって漢訳された=トーバ)になったのです。
 お骨になったということは、すべてが自然に帰ったことであります。
 すべてが自然に帰った燃え残りとしてのお骨でさえ、あまりにも偉大なお釈迦さまのものであればこそ貴重なガラスの器に入れ、これを礼拝する対象としたのであります。
骨壺を割って墓石の下に納骨するという考えは、埋葬本来主義が見え隠れしています。
 要するに、最終的に土に帰らなければ成仏しないと考えているのでしょう。壺のままでは土に帰れないというのがその理由でありましょう。

 以前、弘法大師のあと高野山を真言宗の根本霊場として完成させた真善大徳の御廟を修復した時、瑠璃色に焼かれた骨壺がそのまま掘り出されました。このことは全国紙にもカラーで報道されました。その骨壺はそのまま真善大徳の御遠忌で落慶された御廟に再び納められました。
 骨壺を割る習慣はどの文献資料をさがしても見当たりません。全国各地の習慣は分かりませんが、いずれにしてもごく最近から言われるようになった迷信であります。

 ちなみに、墓石に納骨用の室がつくられていても入り口が狭く、お骨壺が入らない場合は割るしかないでしょうが。

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■母親が亡くなったのですが、年末に正月のお餅をついてもいいの?

 いいと思います。ただお正月に神祭りをひかえることがあると思いますので、神棚にお餅を供えることは遠慮する方が多いようです。
 しかし、この考え方は、「死人を出した家や、その家の人も穢れている」という明治以降の神道との関わりの中で広がったものと思います。
 明治以前の「神仏習合」のように、神も仏も共に祀りたいと思う庶民の知恵として、神棚に白紙を貼ったり、百ヶ日くらいは神社に参らなかったりして、神に気を遣いながら、その後も同じように祀ってきたのでしょう。
 でも、死人を出しても決して「穢れている」などという意識はもたないで頂きたいと思います。

 同様に、町内会でお餅つきをするような場合、周囲の人も「穢れているから参加できない」などと言わないで下さい。あなたも「私の母親が今年亡くなったので、参加しません」などと、自ら「穢れ」を肯定するようなことはやめましょう。
 最近であれ、過去であれ、死人を出さなかった家なんてないのです。父母、祖父母の死に出会わない人はいないのです。もちろんそれは、神道に関わる人たちも同様なのです。

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